息子が自閉症スペクトラムの軽度(知的障害あり)と診断されてから早1カ月。
保護者向けの勉強会に参加してきました。
そこで分かったことは、
「発達障害っぽい人、世の中にウジャウジャいるじゃん!」
ということです。
いわゆる
「空気読めない」
って周りに言われちゃう人は、ほぼ発達障害なんじゃないかと、、、。
知的な遅れのない「高機能自閉症・アスペルガー」なんて、たぶん、自己申告してくれなきゃ、周りの人は気づかないと思う。
「あの人、変わってるよね〜」
で済まされて、誰も発達障害なんて疑わない。
現に、「落ち着きのない子」「内弁慶」「極度の人見知り、または馴れ馴れしい」「時間にルーズ」「物をよく失くす、壊す」「片付けられない」など、本人の性格として判断されて、発達障害の可能性を疑われずに大人になってる人、多いと思う。
自閉症スペクトラムの息子がわかりやすいことは、
「見えること」
「はっきりしてること」
「決まっていること」。
わかりにくいことは
「見えないこと」
「あいまいなこと」
「決まってないこと」。
「臨機応変」、「場の空気を読む」、「人の気持ちを汲む」「以心伝心」「和をもって尊し」などが、自閉症スペクトラムの人は苦手なのだ。
「あいまいな表現」が当たり前、でも「他人の失敗は許さない」の日本で、生きるのが辛くなる人も多いだろうなぁ。
息子も「つらい」と思うことが、この先いろいろあるんだろうなぁ。
自閉症スペクトラムの子を支えるうえで、
「その子の得意なことをのばし、弱いところを補っていく」
とよく言われる。
「得意なこと、好きなことを伸ばしてあげる」
「それが心の拠り所にもなる」
と。
これは発達障害のない子にも言えると思う。
子どもだけじゃなく、大人も、
「得意なことを伸ばし、苦手なことは、それを得意とする人(もの)にお願いする」
だけで、生きやすくなる人が多いんじゃないかな?
私は学生の頃、
「ひとつの教科がずば抜けて良いのではなく、まんべんなく、全教科の成績を上げなさい。」と、先生や親に言われて、自分のやりたいことを見失った。
「得意なこと、苦手なこと」がハッキリ分かれてるはダメで、
「全てできる」
のが良いことだと教わったのだ。
大人になって社会を見渡すと、「得意なことを伸ばした人」「好きなことに力を注いだ人」が、成功しているように思える。
「趣味がない」「好きなことがない」人より、「趣味や好きなことに没頭してる」人のほうが、幸せに思える。
息子は、社会に適応することや、人との関わりで苦労するかもしれないけど、「得意なこと、好きなこと」を見つけて、没頭して、それを心の拠り所にして、幸せに育ってほしい。
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